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京都地方裁判所 昭和43年(わ)594号 判決 1968年11月26日

主文

被告人を懲役一年に処する。

但し裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四三年五月一一日、友人の右田昇(当一九歳)、横山光夫(当一九歳)、谷川利志(当一七歳)と通行中の婦女を姦淫しようと企て、右田らと共に軽四輪乗用自動車に同乗し適当な婦女を探し求め、同日午後一〇時二〇分頃、京都市右京区太秦西蜂ヶ岡四番地先路上で、通行中の吉松花子(当四四歳)を認めるや、同女を姦淫するため、被告人らの車に引ずり込み人目のない付近郊外へ連行しようと共謀し、自動車をその前面に停車させて、助手席にいた被告人が下車したうえ、やにわにその腰部などに抱きつき、助けを求める同女の口を手で覆うなどの暴行を加えて助手席に無理矢理引ずり込もうとしたところ、車内の仲間が「人が来た」と告げたため、同女を突飛ばして逃走したものであるが、右の暴行により同女に加療約一〇日を要する顔面、左上腕、右下肢、腰部打撲傷の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(強姦致傷の成立が認められない理由)

本件強姦致傷の訴因の要旨は、被告人は友人の右田昇他二名(何れも少年)と共謀の上、通行中の婦女を姦淫しようと企て、判示日時頃、軽四輪乗用自動車に乗って、判示場所に至るや、帰宅途中の吉松を認め、右車に引ずり込み人目を避けて付近の郊外で強姦しようと決意し、車をその前面に停車させて被告人が下車し、やにわに腰部などに抱きつき、助けを求める同女の口を手で覆うなどして暴行を加え、反抗を抑圧して強いて姦淫するため車内へ引ずり込もうとしたが、折から同所付近を通行中の人影を認めたため、同女を突きはなして逃走し、その目的を遂げなかったが、右の暴行により加療約一〇日を要する顔面、左上腕、右下肢、腰部打撲傷の傷害を負わせたものであるというのである。

しかし、前記各証拠によると、被告人らは、強姦を意図し判示所為に及んだものであるが、以下に認める客観的状況に照らすと、被告人らの行為は未だ強姦の実行の着手にはあたらないものと考える。

即ち、本件犯行に供された軽四輪乗用車(ホンダN三六〇)の定員は、前部座席二人、後部座席二人の計四人であって、同車に大人四人が乗車すれば車内はかなり狭隘となり座席に余裕はない。本件犯行当時右田ら三名は運転席及び後部座席に残り、助手席に乗車していた被告人のみが下車して右吉松の腰部に抱きつくなど判示所為に及び、同女とともに助手席に乗車しようとしたのであるが、右のような車内の状況では助手席に二名も乗車することは極めて困難なことであると言わねばならない。従って、右の如き状況の下においては、吉松の反抗を著しく困難ならしめるような極めて強度な暴行脅迫を加えなければ、同女を無理に乗車させることは困難である。ところが、本件では右田ら三名は車中において被告人の行為を拱手傍観していたのであって、暴行を加えたのは被告人のみであるうえ、その暴行も吉松の腰部に抱きつき、或いは助けを求める同女の口を手で覆い、車内に引ずり込もうとひっぱった程度である。してみると、右の如き被告人の暴行では、前記の自動車の狭隘さを考え併せると、抵抗する吉松を車内に引ずり込むことすら極めて不可能な状況にあったもので、同女が姦淫される具体的危険性はその段階では生じていたものとは認められないので、強姦の実行の着手があったものとは言えない。

従って、被害者の受けた傷害は強姦行為着手前のものであり、強姦致傷の成立は認められないので被告人の行為は傷害罪として処罰されるべきものである。

(法令の適用)

被告人の判示所為は、刑法第六〇条、第二〇四条、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に該当するので、懲役刑を選択して、被告人を懲役一年に処し、情状により刑法第二五条第一項により裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用してこれを被告人に負担させることとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 緒賀恒雄 裁判官 蒲原範明 見満正治)

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